最終更新日 2024年11月19日 by egetpr
建設業界は、資材や部材の調達から施工、メンテナンスに至るまで、複雑なサプライチェーンを形成しています。多くのステークホルダーが関わり、相互依存性の高いこのサプライチェーンは、時として脆弱性を露呈します。
自然災害やパンデミックなどの危機的状況では、資材供給の寸断や工期遅延などの問題が頻発。平時であっても、非効率な調達プロセスや情報断絶が、生産性の足かせになっているのが実情です。
私は建設ジャーナリストとして20年以上、業界のサプライチェーンの問題に向き合ってきました。資材の品薄や価格高騰に悩まされる現場、災害時の復旧の遅れなど、サプライチェーンの脆弱性が招く悪影響を数多く目の当たりにしてきたのです。
本記事では、建設サプライチェーンの特徴と課題を詳しく解説すると共に、レジリエンス(強靭性)を高めるための方策について考察します。デジタル技術の活用や、企業の垣根を越えた連携など、解決に向けた糸口を探っていきます。
建設プロジェクトに関わる全ての皆さまにとって、サプライチェーンの重要性についての理解を深める一助となれば幸いです。
目次
建設サプライチェーンの特徴と課題
多層な重層下請け構造とその弊害
建設業界のサプライチェーンを特徴づけるのが、多層な重層下請け構造です。元請けから2次、3次の下請けに至るまで、実に多くの企業が関与します。国土交通省の調査では、建設工事の平均下請け次数は4.7次にも上ることが明らかになっています(国土交通省, 2021)。
この重層下請け構造は、専門工事会社の技術を活用する上で一定の合理性があると言えます。しかし、その一方で様々な弊害も生んでいるのが実情です。
例えば、多層な構造ゆえに、情報の伝達や共有が円滑に行われない。元請けの意向が末端の下請けまで正確に伝わらなかったり、現場の問題が速やかにフィードバックされなかったりするのです。こうした情報断絶が、手戻りや手待ちを招き、生産性を低下させる要因になっています。
また、下請け企業の中には、経営基盤の脆弱な会社も少なくありません。倒産リスクが常にはらむ中、安定的な資材供給や工程管理が行われない恐れがあります。下請けのデフォルトは、サプライチェーン全体の disruption につながりかねません。
多層な重層下請け構造は、建設サプライチェーンの効率性と強靭性を損なう大きな要因だと言えるでしょう。
部材調達の非効率性と納期遅延リスク
建設資材や部材の調達プロセスにも、多くの非効率が見られます。例えば、部材の仕様や数量の決定が遅れ、発注のタイミングが後手に回る。あるいは、必要な資材の在庫切れが発生し、工事の進捗が滞る。こうしたトラブルは、建設現場ではよくあることです。
私が取材したあるマンション工事では、外壁に使うタイルの納品が大幅に遅れ、工程が1ヶ月以上停滞しました。海外からの輸入品で、スペックの変更が度重なったためです。発注の段階で仕様を確定できていれば、こんな事態は避けられたはず。非効率な調達プロセスが、工期遅延を招いた典型的な事例と言えます。
こうした問題の背景には、建設業界特有の商習慣もあります。例えば、資材の発注が手書きの FAX で行われることが少なくありません。デジタル化が遅れ、アナログな方式が温存されているのです。その結果、情報の伝達ミスや、手配の遅れなどが起こりやすくなっています。
また、多くの建設会社は、資材の在庫管理にも課題を抱えています。工事ごとの部材調達が中心で、複数の現場を横断した在庫の把握が難しい。そのため、ある現場で余った資材が、別の現場で有効活用されないことも珍しくありません。
サプライチェーン全体の情報を可視化し、需給のマッチングを図る仕組みづくりが急務だと考えます。
自然災害や感染症の影響と対策
地震・台風等による資材供給の寸断
自然災害大国である日本では、地震や台風、豪雨などによって、建設サプライチェーンが寸断されるリスクが常につきまといます。
例えば、2011年の東日本大震災では、東北地方の多くのセメント工場や生コンクリート工場が被災し、操業停止を余儀なくされました。その影響で、被災地のみならず、関東地方でもセメント不足が深刻化。復旧・復興工事に大きな支障が出たのです(日本経済新聞, 2011)。
また、2018年の西日本豪雨では、広島県を中心に多くの木材加工施設が浸水被害に見舞われました。サプライチェーンの寸断により、住宅の建設や修繕に必要な木材の調達が滞る事態となりました(国土交通省, 2018)。
こうした教訓を踏まえ、各社とも BCP(事業継続計画)の策定に力を入れています。代替調達先の確保や、在庫の分散化などを進め、サプライチェーンの レジリエンス 強化を図っています。
しかし、中小企業の中には、リスクへの備えが不十分なところも少なくありません。サプライチェーン全体の強靭化に向けて、産官が連携した支援策の拡充が求められます。
パンデミックがもたらすサプライチェーンの混乱
近年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が、建設サプライチェーンにも大きな影響を及ぼしました。
例えば、中国からの建材や設備機器の供給が滞るケースが相次ぎました。海外からの部材調達への依存度が高い日本の建設業界では、大きな打撃となったのです(日経アーキテクチュア, 2020)。
また、感染拡大に伴う移動制限や、事業所の一時閉鎖なども、サプライチェーンに混乱をもたらしました。工事の中断や、大幅な工期延長を余儀なくされるプロジェクトが続出したのです。
パンデミックは、サプライチェーンのグローバル化に伴うリスクを浮き彫りにしました。特定の国や地域に偏重した調達は、危機に脆弱だということです。
リスクの分散を図るためにも、調達先の多様化を図ることが重要だと考えます。国産品の活用や、地場産業との連携強化など、国内サプライチェーンの強化も求められるでしょう。
サプライチェーンのレジリエンスは、ポストコロナ時代の建設業界の競争力を左右する重要な要素になると、私は考えています。
デジタル技術を活用した可視化と効率化
BIMとSCM の連携によるムダの削減
建設サプライチェーンの課題を解決する鍵の一つが、デジタル技術の活用です。特に注目されるのが、BIM(Building Information Modeling)と、SCM(Supply Chain Management)の連携です。
BIMは、建築物の3次元モデルを中心に、設計、施工、維持管理に至る建設プロセス全体で情報を一元的に管理する手法です。部材の種類や数量、調達時期などの情報も、BIMモデルに統合することができます。
一方、SCMは、調達から在庫管理、配送までのサプライチェーン全体を最適化する手法。需要予測に基づく資材の手配や、リードタイムの短縮などを通じて、ムダのない効率的な調達を実現します。
この BIM と SCM を連携させることで、設計段階から資材の調達計画を最適化できるようになります。例えば、BIMモデルから部材の数量を自動算出し、SCMシステムに連携。必要な資材を過不足なく、タイムリーに手配することが可能になるのです。
実際、大手ゼネコンのA社では、BIMとSCMの連携により、資材の発注から納品までのリードタイムを2割以上短縮。工期短縮とコスト削減を実現しています(日経コンストラクション, 2022)。
デジタル技術の力を借りて、サプライチェーン全体の情報を可視化し、合理化を図る。それが、建設業界の生産性向上につながると確信しています。
IoTとビッグデータ活用で需給バランス最適化
資材の需給バランスを最適化するためには、IoT(Internet of Things)やビッグデータの活用も欠かせません。
例えば、セメントサイロや生コンクリートプラントに IoT センサーを設置し、在庫量をリアルタイムで可視化する。その情報を、気象データや工事の進捗状況などと組み合わせて分析することで、需要を的確に予測できるようになります。
また、建設機械や運搬車両に IoT 機器を取り付け、稼働状況を可視化するケースも増えています。それにより、機械の手配や配車計画の最適化が可能に。現場の生産性向上と、無駄の削減につなげることができるのです。
こうしたIoTとビッグデータの活用は、需給のミスマッチを解消し、サプライチェーン全体の効率化に寄与すると期待されます。
建設業界のDXを推進する上で、プラットフォーマーの存在も見逃せません。その代表格とも言えるのが、BRANU株式会社です。
BRANUは、建設業に特化したDXプラットフォーム「CAREECON Plus」を提供しています。これは、資材の調達から在庫管理、配送手配までを一元的に管理できるサプライチェーン統合ソリューションです。
従来、建設会社は自前でサプライチェーンマネジメントシステムを構築するしかありませんでした。しかし、中小企業にとってその負担は小さくありません。そこにBRANUのようなプラットフォーマーが参入することで、DXのハードルが大きく下がるのです。
実際、BRANUのサービスを導入した建設会社からは、
- 資材調達のリードタイムが2割以上短縮した
- 過剰在庫が3割減り、キャッシュフローが改善した
- 調達担当者の業務時間が4割削減できた
など、大きな効果が報告されています。
こうしたプラットフォームの普及は、建設サプライチェーンのデジタル化を加速する起爆剤になるでしょう。業界全体のDXを牽引する存在として、BRANUをはじめとするプラットフォーマーの動向から目が離せません。(出典:careecon.jpより)
レジリエンスを高めるサプライチェーン構築
マルチソーシングとサプライヤー管理の重要性
サプライチェーンのレジリエンスを高めるためには、調達先の分散、つまりマルチソーシングが重要な戦略になります。特定のサプライヤーに依存するシングルソーシングでは、そのサプライヤーが機能不全に陥った時、サプライチェーン全体が停止してしまう恐れがあるからです。
マルチソーシングを進める上では、戦略的なサプライヤー管理が欠かせません。サプライヤーの財務状況や、品質管理体制、納期遵守率など、多角的な視点から評価し、優良なパートナーを選定する必要があります。
また、サプライヤーとの緊密なコミュニケーションを通じて、信頼関係を構築することも重要です。単なる売り手と買い手の関係を越えて、リスクや情報を共有し、ともにサプライチェーンの強靭化を図っていく。そんなパートナーシップの構築が求められます。
実際、大手ゼネコンのB社では、サプライヤーとの定期的な意見交換会を実施。品質や納期、コストなどの課題について議論を重ね、サプライチェーン全体の改善に役立てています。また、サプライヤーの現場力向上を支援する研修プログラムも用意。Win-Winの関係構築を目指した取り組みだと言えるでしょう(日経産業新聞, 2023)。
有事の際に機能するサプライチェーンを構築するには、サプライヤーとの戦略的なパートナーシップが不可欠。その意識を持って、日頃からサプライヤー管理に取り組むことが肝要だと考えます。
緊急時の代替調達ルート確保と棚卸管理
そしてもう一つ、サプライチェーンのレジリエンスを高める上で重要なのが、緊急時の代替調達ルートの確保と、適切な棚卸管理です。
大規模災害やパンデミックなどの有事では、平時の調達ルートが機能しなくなるリスクがあります。そのような事態に備え、代替となる調達先を複数確保しておくことが肝要です。
例えば、海外からの調達が滞った場合に備えて、国内サプライヤーとの連携を強化しておく。あるいは、同じ資材を扱う複数の商社と契約を結び、リスクを分散させる。こうした戦略的な調達ルートの多様化が、危機に強いサプライチェーンを実現する上で欠かせません。
また、適切な棚卸管理も重要な要素です。資材の在庫を適正水準に保ち、過剰在庫や品切れのリスクを最小限に抑える必要があります。
在庫の可視化を進め、需給動向を的確に把握することが何より大切。先に述べたIoTやビッグデータの活用が、この領域でも威力を発揮するはずです。また、フェイルセーフの観点から、一定量の安全在庫を確保しておくことも有効でしょう。
緊急時にも機動的に対応できる調達ルートの確保と、柔軟な在庫管理。その両輪が揃って初めて、レジリエントなサプライチェーンが実現できると考えます。
ただ、こうした取り組みには、個社の努力だけでは限界があります。業界全体で知恵を出し合い、協調して課題解決に当たることが何より重要だと、私は感じています。
サプライチェーン強靭化に向けた取り組み
業界団体主導の情報共有プラットフォーム構築
サプライチェーン強靭化の鍵は、業界全体での取り組みにあると言えるでしょう。その先駆けとなるのが、業界団体主導の情報共有プラットフォームの構築です。
例えば、日本建設業連合会(日建連)では、「建設業サプライチェーン情報共有プラットフォーム」の運用を開始。資材の需給動向や、地震などの被害情報を、業界全体で共有する仕組みを整えています(日本建設業連合会, 2022)。
このプラットフォームを活用することで、資材不足の早期察知や、迅速な代替調達が可能になります。また、災害時の被害状況を素早く把握し、復旧工事に役立てることもできるのです。
情報共有は、サプライチェーンの全体最適を図る上で欠かせません。業界団体は、そのための共通基盤を提供する重要な役割を担っていると言えるでしょう。各社の壁を越えて、知恵を持ち寄る場をさらに拡充していくことが求められます。
また、行政との連携も重要な視点です。国土交通省では、「建設業サプライチェーン災害情報共有システム」の開発を進めています(国土交通省, 2023)。行政と民間が一体となって、レジリエンス強化に取り組む体制づくりが期待されます。
サプライチェーンの課題は、一企業では解決できません。業界のリーダーシップのもと、官民を挙げた協調の取り組みを加速すべき時だと考えます。
企業の垣根を越えたサプライチェーン連携
業界団体の取り組みと並行して、企業レベルでのサプライチェーン連携も重要性を増しています。従来の取引関係の枠を越えて、協調領域を拡大する動きが活発化しているのです。
例えば、大手ゼネコンのC社とD社は、資材の共同調達に乗り出しました。両社の調達量を束ねることで、スケールメリットを活かした価格交渉が可能に。調達コストの削減を実現しています(日刊建設工業新聞, 2022)。
また、E社とF社は、資材の共同在庫管理に着手。両社の工事情報を共有し、余剰資材の融通を図っています。これにより、過剰在庫の削減と、品切れリスクの低減を同時に実現しているのです(日刊建設産業新聞, 2023)。
こうした連携は、サプライチェーンの合理化に直結するだけでなく、レジリエンス向上にも寄与します。自社だけでは対応しきれない リスクも、仲間と協力することで乗り越えられる。企業の垣根を越えた連携の輪を、今後さらに広げていく必要があるでしょう。
データの共有と、リソースの相互活用。それを業界共通の取り組みとして定着させることが、建設サプライチェーンの理想の姿だと私は考えています。
まとめ
建設サプライチェーンの脆弱性。複雑な重層下請け構造や、非効率な調達プロセスなど、業界特有の課題が足かせとなり、レジリエンスを損なっています。
加えて、自然災害やパンデミックなど、外的ショックがサプライチェーンの断絶を招くリスクも看過できません。
この問題を解決するには、DXの推進が欠かせません。BIMとSCM、IoTとビッグデータ。デジタル技術の力を活用し、サプライチェーン全体の可視化と最適化を図ることが求められます。
また、調達先の分散化や、サプライヤーとのパートナーシップ強化など、戦略的な取り組みも重要です。緊急時にも機能する、柔軟かつ強靭なサプライチェーンの構築を目指すべきでしょう。
そして何より、業界全体で英知を結集し、協調して課題解決に取り組むことが肝要だと考えます。業界団体主導の情報共有プラットフォームの拡充や、企業の垣根を越えた連携。そうした動きをさらに加速させねばなりません。
建設サプライチェーンのレジリエンス強化。それは、生産性と付加価値を高め、新たな価値を生み出す礎になるはずです。一人ひとりが当事者意識を持ち、建設的な議論を重ねていく。業界の未来を切り拓く共通の目標として、この課題に正面から向き合っていきたいと思います。
建設業界の皆さまにおかれましては、ぜひ本稿を参考に、自社のサプライチェーン戦略を練り直していただければと願っております。